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2-40 私はブルジョワジー

2-40 私はブルジョワジー

丘の上のレストランは大きかった。広々していて、眼下にダバオの町が展望できるような作りになっていた。結構混雑していて、展望のいい席は既にお客で埋まっていた。私たちはあまり景色のよくない席に案内された。

メニューは英語で書かれていたので問題なかった。私は牛テールのミンダナオ風シチューを注文した。マヤは生のマグロが好きで、マグロとハーブ野菜のマリネ、アイラは豚ロース肉の炭火焼きロースト。これみんなフィリピン料理。多分スペイン料理の影響を受けている。しかし、旨い。素材の味をしっかり活かしていて、その上でひと工夫がされている。料理人の手間を感じる逸品ぞろいだった。

この3品の中で、アイラの注文したものが一番高かった。何故そうわかったかというと、メニューを見た中でその豚肉料理だけが牛肉料理より高かったので、印象に残っていたのだ。アイラ、おまけでやってきているくせに、ちゃっかり一番高いものを注文している。こいつは相当しっかり者だ。

このレストランの料理には満足だった。しかし、忙しいのも手伝ってだろうけれど、サービスの方はいまいちだった。最初の注文を取ったら最後、こちらが手招きしているのにウエイターがやって来ない。ビールのお変わりも出来はしない。

不満が溜まっていたので、私は遠慮しなかった。レストランのサービスが悪いとこれみよがしに、レセプションに行ってビールの注文をする。レセプションは待って欲しいといったので、さっきから待っている、と両手をあげた。気晴らしのパフォーマンスだ。

マヤたちはびびっている。連れの外国人が暴れている。しかし、どうせ金払うのは俺だし、ビールが来なくて腹を立てているのも俺だ。自由にさせてもらう。

やっとウェイターがやってきた。同じビールを注文する。アルコール度数が高い、サンミゲル・レッドというやつだ。ところがこのウェイター、何を勘違いしたのか、ライトを持って来た。どうしたんだこのレストラン?当然注文が違うと抗議した。やっとレッドがやってくる。ビール一つがこんなんだと料理も台無しだ。レストランはもっとウェイターの教育をすべきだ。

マヤがぼそっと言った。「あのウェイター、罰金をはらわなくちゃならない。間違ったビールのお金払わなくちゃならない。」私は言った、「彼の仕事の結果だ。彼の仕事が悪いと、レストランにお客が来なくなる。彼はレストランに損害を与えている。」マヤは無言のままだった。

彼女の優しさは、私には棘だ。聞こえようによっては、私が非難されている。金持ちが貧乏人を苛めている?安月給のウェイターをビール一つで苛めている?確かに私はここでは金持ちだろう。しかし、ダバオでは高級なレストランに来ているのだ。高い料金分のサービスを求めて当然だ。

日本のサービスの質は高い、それと比べるのは可愛そうかもしれない。しかし、ここに来る前にスイスでもレストランで食べている。彼らのサービスも申し分ない。忙しくても、テーブルに訪れて声をかけてくる。そういうホスピタリティは世界共通だと思う。世界のレベルと比較して、このレストランのサービスは劣っている。

マヤは黙ってしまったのでこの話は終わったが、なんかマルクス資本主義が頭に浮かぶ。「ブルジョワジ―とプロレタリアート」私は、普段はプロレタリアートなはずだが、今日はブルジョワジーになっている。もっとも、レセプションまで殴り込む超チープなブルジョワジーだけど。

マヤは私というお客の立場に立たず、ウェイターの立場に立って「かわいそう」と感じる。私には疎外感を感じさせる言葉。しかし一方で彼女の優しさを感じる言葉でもあった。