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別の方の日記にコメントしたのだが転載

頂いたイイネ!から辿ってまいりました。この映画は日本映画としては空前の嫁小姑ギスギス映画であり、すずにとって自身が爆弾に遭うまでは「戦時下の暮らしが圧迫されて自由と平和が欲しい」などという興味関心はまるでなく、むしろ「小姑義姉さんが再婚でもしてどこかに行ってくれ」だけを願っていた(あるいはそれすらも明瞭に意識にはのぼらず、しかしそうなったら大喜び)と思います。

爆弾以降にしても絵が描けない、メシ、水汲み(片手では天秤棒も一人で担げない)、メンス時の手当てさえ義姉や義母頼み、等々の具体的な不如意と自身の居場所のなさに関して思い悩んでいた部分が大半な気がします。

実兄の訃報も実態と遊離したどこか遠い話だし、両親の訃報は戦後です。すみの原爆症も戦後に知る上それが死病である事は知らない。孤児も爆心地付近で彷徨う生活の間嫌と言うほど被爆していますから早晩何らかの原爆症を発症しすずよりも早世になる運命にありますが、それは劇中では登場しません。食料欠乏は終戦以降がピークで「欲しがりません勝つまでは」と言ってる間は闇市場やら泥棒の頻発は影で増加しつつあったが何分農漁村なので目立ちません。

実感するのはりんの不在(これも死体検認したり葬儀に参列したわけではない)とはるみの死と右手の障碍です。つまり観客だけが8.6の意味を客観的に知り、8.15などをメルクマールとして観ているのであって、すずの日常では「昨日の次の今日」でしかない。

冒頭とラストは「昔話語り」のオーラルヒストリーらしいオチとして現代人の受容のためには是非とも必要なオブラートであったし、周作とすずとの馴初めを本当はあったであろう何かをすずが隠して孫やひ孫に語っている寝物語の語り口かなと思いました。